【長野・松原湖】バイク旅について
sep.2019
360度、見渡す限りのレタス畑が広がる川上村のレタス街道を西に進むと、巨大なレタス運搬用トラクターの隊列に追いついた。
「そういえばレタスの芯に爪楊枝をさしておくと鮮度が保たれるってテレビで言ってたな」と誰に聞かせるでもないプチネタをヘルメットの中で呟きながらほどなく小さな踏切で停まると、野辺山駅を出発したばかりの列車から手を振る子どもの笑顔に思わず左手を上げた。
さぁ、この先は多くのツーリングライダーが行き交うR141。標高1300メートルの高原を駆け抜ける風は涼しいが、痛いほどの日差し。南牧村の真っ直ぐな道の先には陽炎が漂っていて、いくらアクセルをひねっても決して追いつかないから憎らしい。
ああ、これでこそ夏だ。
8月の終わり、長野県小海町にある松原湖をツーリングの目的地に選んだ。久しぶりだったので方々道草をしながら到着したキャンプ場は夏の終わりだからか少し静かな様子だ。大きなテントやタープで賑やかなファミリーキャンパーを横目に森の奥の方にバイクを乗り入れて、ささっとテント設営を済ませたら再びバイクを駆って最寄りの商店で地元の珍しい食材を求める。近くの温泉でひとっ風呂浴びてからサイトに戻り、ライディングブーツからサンダルに履き替えれば晩酌のスタートだ。夜も7時を過ぎるとぐっと冷えて東京とは別世界の寒さになるから夏でも重ね着をする必要があるし、本当は薪とかで暖を取れるようにしたいところだが、さすがにバイクに薪は積めないので簡素なアルコールバーナーがその代わり。夜は10時までに就寝し、朝は早くからゴソゴソと起き出して、寝ていたテントをひっくり返して接地していた裏側を乾かしつつアウトドアグッズの収納や身支度だ。さっさと撤収して次の目的地を目指したいという気持ちが昂ぶるのも、ライダーの性(さが)というヤツかもしれない。
小中学生の頃はランドナーと呼ばれたツーリング仕様の自転車が大ブームだったが、今のように高機能でコンパクトなキャンプアイテムなどなかった時代。それでも装備を工夫をして旅をすることが自転車ツーリングの醍醐味とされていた。子どもながらにそんな自転車キャンプに憧れていたが、さすがに子どもだけの旅は許されず、仕方なく日帰りで走るも、子どもの脚力では行き先も限られて段々とつまらなくなっていった。
そしていよいよ高校生になると自転車からバイクへとシフトし念願のキャンプ旅をはじめた。宿泊することでより遠くまで行けるようになったが、高校生の分際ではバイクを維持するのが精一杯で、アルバイトをしても高価なバイク用レインコートや防水バッグなんかは買うことが出来なかったから、ゴミ袋に着替えを入れて大雨上等! 濡れてもいいという覚悟で出掛けていた。自炊道具は家にあった飯盒とコッフェルや水色のキャンプガス・バーナーなんかの、当時ごく一般的に入手できる安いもの。米やレトルト食品、缶詰なんかの食料は祖母に用意してもらって(ついでにおこずかいも貰って)日本海や紀伊半島へ度々出掛けた。当時はキャンプ場に泊まるという概念などなくて無許可で公園や海辺にテントを張ったりしたが一度も怒られることはなかった。それどころか地元の人が食べ物を恵んでくれたりもした。今思えば相当ゆるい時代だったんだなぁ。簡単な地図だけを持って出かける行き当たりばったりの旅だったが、家へ帰ってから祖母や母に様々な風景を見てきたことや感じたことを話すことで会話は増えていった。
そんな高2の夏のある日、小学校で同級生だった女の子が日帰りツーリングへ連れて行って欲しいと言ってきた。当時は猛烈なバイクブームで、僕が乗る250ccに一度乗ってみたかったのだろうか。軽い気持ちで返事をして向かった先は、京都市内から福井県の若狭まで走りやすい道が続く、別名「鯖街道」「周山街道」と呼ばれる人気のツーリングコースだ。道中の細かなことは忘れたが、途中で道を間違えたりバイクを修理したり、大渋滞に巻き込まれたりして夜遅い時間になり、挙げ句の果てには急な雨に降られるもレインコートを積んでいなかったので女の子をびしょ濡れのまま家に送り届けてしまう結末。その子とはそれっきりだが、後日女友達から聞いた話によると両親にこっぴどく怒られたみたいだとのこと。精神的に幼かったとはいえ、日帰り旅でもなんでも「事前に準備を整えてから行動しなくてはならない」「人に迷惑を掛けてはいけない」という当たり前の旅の基本みたいなことを考えるきっかけになったように思う。
その後23歳で就職した頃は「弾けたバブル真っ只中の下っ端グラフィックデザイナー」だったから、ほとんど休みもなく低賃金。おかげで思い立てば出発できる予約なしの安キャンプ旅はますますライフスタイルの中心となり、今では1泊でも10泊でも変わらない最小限の装備を心掛け、コンパクトで機能的な道具ばかりを買うようになった。ちまたで大ブームのおしゃれキャンプとはほど遠いが、積載物が重くてかさばるとバイクのハンドリングに影響して危険だし、第一に物が多いと設営&撤収も時間が掛かる。ソロでのロングツーリングや登山キャンプの経験がある人なら、装備に関してはみんな同じ意見じゃないかと思うのだがいかがだろうか。
今はもう大人だからあの頃のようにびしょ濡れのまま走ったり無許可の野営はしないけど、旅先で食料を恵んでもらったりというのは頻繁にある。うーん、なんでだろう?
[写真・文:前田義生]