【釧路・弟子屈】春の雪歩き
mar.2017
3月のある日、釧路行きの格安チケットがたまたま手に入った。
仕事で方々旅した後の、ぽかんと空いた数日の休暇。バイクでツーリングでもしようかと考えたが、春休みで道が混んでるかもなと考えるだけで手放しで楽しめそうもない。別にどこへ行くのでもよかったのだが、偶然取れた格安航空券が釧路便だった。釧路は何度も訪れたことのある町だし、なんとなく観光モードでもない。ならば単純に雪歩きでもしようかなぁと川湯温泉にあるビジターセンターへ連絡したら、スノーシューを貸してくれるという。少し離れているが、かねがね行きたいと思っていた“神の子池”周辺の様子も尋ねてみると、熊にさえ気をつければ、雪中を歩いても往復3時間ほどで行けますよの返事をもらった。
そのことをセガミとミズスギに声を掛けると、案の定行きたいと即答。じゃぁ、難しいことは考えずに日中は雪歩きをして、あとは旨いものでも一緒に食うかと言って飛行機に飛び乗った。
霧の釧路に到着し、たまたま訪れた酒場は残念ながら自分好みでは無かったけれども、東京とは比べ物にならない春の寒さが酒の旨さを強調してくれたようで随分酔ってしまった。店を出ると凍る歩道を散策しているのは他所者の我々だけで、人影も少ない静かな街。珍しくはしご酒もせずに宿に戻ると、部屋酒も早々に切り上げて温かな布団へ潜り込んでしまう。
そして翌早朝はメインテーマの雪歩きだ。国道から神の子池までの林道区間は豪雪で通行出来ない。事前に聞いていた通りレンタカーを国道の傍に停めてスノーシューを履き、3メートルはあるだろう雪を踏みしめながら神の子池を目指すと、早々に熊の足跡があって女子2名は大騒ぎ。それは別に新しい足跡ではないよと宥めると、何故か熊鈴以上の大声を発しながらのスノートレッキングを始めた。そして歩くこと1時間半、“森のくまさん”を熱唱しながら到着した神の子池は恐ろしいほどのエメラルドブルー!池の周辺は雪だらけの真っ白な空間。鳥の鳴き声以外は何も聞こえない。
夏ならば観光客で溢れるであろう場所だが、結局熊どころか最後まで誰とも遭わず、クルマに戻る頃には歌のせいか腹筋が痛くなるくらいの変な爽快感を味わえた。
翌日も冷たい風が吹く中、美幌峠を登ったり屈斜路湖や摩周湖畔を歩いたりと、特に目的もない散策へ出掛ける。宿泊した屈斜路湖畔は夕方早々に路面が凍結し、食事に出るのもはばかれるほどだった。店もほとんどやっておらず、北国の春はまだまだ遠いといった風情。
そして最後の日。快晴の空の下、標茶(しべちゃ)へ向かう。広大な釧路湿原とその周辺にはネイチャー散策の場所が無数にあって、それらの場所を開墾した人々の記録を見る場所もたくさんあった。次に来るなら冬がいいよと現地の人に言われたが、この地に暮らしたことのない自分には厳冬の辛さが想像すらできない。京都生まれで底冷えの経験はあるものの、寒さがめっぽう苦手な人間が冬の道東で過ごすことなど出来るのだろうか。
そんな話を、年配の女性がやっている唐路のラーメン屋で身体をさすりながらふたりにすると、「まさか前田さんがここで暮らせる訳が無い」と突き放されてしまった。
店を出ると、湿原の畔で鹿が芽吹いてきたばかりの山菜を食んでいる。北国にも春が来ているなぁと、とぼけてみる自分がいた。
[写真・文:前田義生]