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【青森】台風の日

sep.2016

上野駅から乗り込んだはやぶさ7号はトップスピードで田園風景のなかを駆け抜けてゆく。到着が遅れることを見越して少し早めの新幹線を選んだが、結果それはちょうど台風と並走しながら追い越す列車となったようで、車窓から見える太平洋側の空はなにやら不気味なキノコ雲の様相を描き出している。

「どうにか新幹線だけは動いたから向かえるけど、こりゃ帰りは怪しいぞ」

青森への日帰りロケ取材。ブーメランのように変則的な動きを数日間続けた台風10号が、東北太平洋側から観測史上初の直接上陸に向けて進んでいた8月30日の朝。スマートフォンのインターネットラジオは「強い勢力を保ちながら夕方には東北地方に上陸する模様です。暴風域の広い範囲で非常に激しい雨となり、太平洋側の海上は猛烈なしけと高波に最大限の警戒が必要です」と連呼している。空の便は既に全便欠航決定だというし、近頃は新幹線も『安全第一』なのでいつ運休するか分からない。思案するまでもなく、まぁ帰れないだろう。翌日は午後から都内で2本の打ち合わせがあるから、遅くとも昼には帰社したい。隣席のセガミに、今晩の宿と明朝の新幹線をパソコンで手配するように頼み、さあ今日どうなるかねと、座って考えているだけなのに都度ため息を漏らしてしまう。

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定刻通りに到着した新青森駅のコンコースには、ねぶた祭りの華やかな山車灯籠が飾られていて旅情感が漂っている。初めて降り立つ真新しい駅舎、せっかくだから駅前の様子だけでもチェックしようと北口から出てみると、強風に煽られるヒバの木と生温かい気温が台風が近いことを告げるなか、寂しげなタクシーロータリーが広がるだけで、人影もなく飲食店などは皆目見当たらない。

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構内に戻り「ちょっと早めに着いたけど、さぁどうするか」と呟くやいなや、『次の新幹線をもって本日全便運休いたします。上り線をご利用のお客様はお急ぎください』とのアナウンスが聞こえた。

「やっぱりマエダさんの勘は凄いですねぇ、究極の天気男ですな」

したり顔のセガミだが、「おいおい、建物内とはいえ今から台風のなかで仕事だし、遅くなったら嵐で宿に向かえるかわからんぞ」と言葉で灸を据えて、構内で軽く昼食をとってから本日の取材先へ向うことにした。

年配のタクシーの運転手さんから「凄いどきサ来たきゃ。うちは朝かきゃ土嚢づぐりで大変でしたし※」と話しかけられ、首をかしげるセガミを横目に適当に相槌を打つが、しかし、窓の外は生暖かい強風が吹き荒れていて、何だか青森にいる実感が持てない自分がいる。午後4時頃にはクライアントからのミッションは終了し、タクシーでJR青森駅近くのビジネスホテルに移動、無事チェックインすることができた。

(※聴き違えてたらすみません)

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時は既に夕刻。ホテルの地下にある食事処は空いているかとフロントで聞くが、終日予約で一杯だと言う。近隣で臨時休業の飲食店が多く、そこからの客が流れて来ているのだろうか。せっかくの青森なのにコンビニ飯はさすがに避けたいので、ここは一発!近隣を散策することにする。折れることを覚悟の上でビニール傘を貸して欲しいとフロントの女性に頼むと、「傘は折れても一向に構いませんが、この嵐ですので、くれぐれも、くれぐれも…」と、入り口まで送り出してくれた。

数年前にバイクツーリングで訪れたので、駅前界隈の土地勘は少々あるつもりだ。が、ひと月ほど前は勇壮なねぶたが何台も練り歩き、人々の熱気に包まれていただろうメインストリートのアーケード“ニコニコ通り”にすら人影は殆どなく、全国どこにでもあるチェーン居酒屋も全て臨時休業。町全体が息をひそめている。

「市場の方に行けば確か呑み屋があったはず、えいやっ!」とアーケードから一歩出て裏通りに向かうとそこは客待ちのタクシーだけで、ポリバケツや看板が飛び交い、我々の傘も絵に描いたようにひっくり返り、ビニールも骨から引き剥がされてすっ飛ばんばかりの猛烈な嵐だ。

「もぅやめときましょーよーっ!マエダさーん、帰りましょー。絶対どこも開いてませんってっ!!!」

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傘の恩恵はもはや期待できないので、一つ先のアーケードへ一先ず避難。すると、10メートルほど先に暖簾は出て無いものの赤提灯が灯る店が見えた。意を決して道を渡り恐る恐るドアを開けると、「やってますよ」と店長らしき男性。ああ有り難いと中に入ってビールを頼み広々とした店内を見渡すが、案の定先客はいなかった。今日もうちは深夜12時まで開けてますからと下ごしらえの手を止めずに男性は笑うが、ドアの隙間から飛沫を散らす雨水を処理していた若い女性店員に笑顔はない。メニューを眺めると凝った料理は多いがどことなく好みでなくて、名物の“せんべい汁”は戴きたいところではあったが量が多くて二の足を踏む。うーんなんかしっくりこんねぇとセガミに小声で耳打ちし、結局数杯で店を出ることに決めた。

店の外へ出ると、嵐はさらに酷くなっていた。今夜はもう諦めてなんとか宿へ戻ろう、と横殴りの雨を掻き分けるようにしてホテルへ走ると、ホテル裏口の向かい側に赤提灯を掲げた小さな小料理屋があるではないか。

「一か八か、あの店に行ってみよう」「そうしましょっ」

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やってますかと戸を開けると、嵐で乱れた我々とは裏腹に落ち着いた雰囲気のママさんが立っていた。カウンターの奥では還暦近い男性が独り瓶ビールを飲んでいる。ママさんは「タオルはいらない?大丈夫?兎に角お二人ともどうぞどうぞ」と席へ迎え入れてくれる。ママさん越しの短冊メニューを眺めながら、まずは生ビールをと注文し、テレビに映る台風中継を小ネタに男性客と会話をする。聞くと我々が宿泊するホテルの従業員で、仕事は終わったんだけどもう帰れないから一杯やって今日はホテル泊りだよとのこと。僕たちちょこっと食べてきたんですけど、ここは何がおすすめですかねと聞くと、「どこで食べてきたの?ああ、あそこは地元の若い子が行くチェーン店だからねぇ。それなら……、金目の煮付けが今日あるよねママ。旨いよー」と気の利いた返答。おおそれを戴こうと注文し、さらにせんべい汁はあるかと聞くが、今日はせんべいを買えて無いとの返答。ああいいですもちろん、と煮付けが出る前に別の軽いつまみを注文し、そしてこの店のことや近隣のこと、地元のことなど、多いに会話して楽しんだ。

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「なにもこんな時に来なくてもね、またゆっくりおいで。冬がいいよ津軽は」とママが笑いながら送り出してくれる頃には雨もほぼあがり、通りを挟んでわずか数秒のホテルに帰着。ホテルのロビーで乾き物とショート缶を一本買うが、どうやら嵐疲れか酔いがまわったのか、最後まで呑み切れないまま眠ってしまった。

翌朝。泥のように眠ったせいか目覚めがとてもいい。

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意図して安宿を選ぶ我々の旅では非常に珍しい“朝食ビュッフェ”を食べるため、最上階のレストランでセガミと合流。窓の外には見事に晴れた津軽湾の海と空が広がっている。かつてはあの桟橋の先から貨車ごと青函連絡船へ乗り込んだんだ、などと講釈をたれるが、セガミは帆立料理や地元料理など豪華な朝食の品々が気になる様子だ。結局トレイにのせたのは、生野菜とみそ汁、焼き魚にご飯、といつものメニューだったのだが……。それでも、昨晩食べそびれた“せんべい汁”はしっかり胃袋に収めてから嵐の青森を後にした後は、何事もなかったかのように都内に戻り、午後からの仕事をこなしたのだった。

[文/写真:前田義生]

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